若松塾は「親のつもりで面倒を見る」
『親のつもりで面倒を見よ』という若松塾の精神についてはすでに書きました。
この『親のつもりで面倒を見よ』というのが実に難しいのです。ここでは口だけではなく「親のつもり」で塾経営をしてきた若松塾の足跡を >若松塾会社沿革からいくつか取り上げていきます。
若松塾の沿革によれば、1958年(昭和33年)にすでに第1回となるキャンプを実施しています。
若松塾の会社沿革によれば、「高い評価を得て恒例行事となる 」とありますが、「親のつもり」でやるとすれば、キャンプに行くというのは決して特別なことではなく、自然なことだったのでしょう。
また、1965年(昭和40年)には「生徒送迎用の塾バスを運行」とあります。今では珍しくない塾バスですが、今から40年前と言えば、塾バスの日本第一号かもしれません。これなども「親のつもり」での実践といえます。
このように最近始めたことではなく、子供を育てる親の視点で塾を経営することで、当時としては非常に斬新なアイデアが次々と出たのでしょう。いずれにしても若松塾が若松塾であるゆえんです。
今から20年以上の1985年(昭和60年)には亜蘭忍氏の著書「子供の将来は塾で決まる」で若松塾が全国No.1の評価を得たとあります。バブル真っ盛りの当時に若松塾が評価されていたということは日本もまだまっとうな精神が残っていたと言うことでしょうか。
20年経ち、最近では日経BP社より『現代実力塾研究 若松塾』という本が出版されました。この20年間で日本もずいぶんと殺伐とした世の中になっていますが、四半世紀ぶりにこうして若松塾が取り上げられるのも、なにかの警告かもしれませんね。
最後に取り上げるエピソードは、1995年(平成7年)の阪神淡路大震災のことです。
>若松塾会社沿革によれば、この年、
震災で板宿本部校倒壊、舞子校閉鎖
板宿校、仮設教室へ移転、舞子校を学園校と統合
長田区平和台町に平和台校開設、板宿校の生徒を受入
など若松塾自身も被害を受けた慌ただしい様子が窺い知れます。
この震災の年、若松塾は震災で罹災した生徒のため授業料の大幅減額措置を実施、対象者は611名にのぼるとあります。記憶が定かではないですか、たしか授業料3000円とかで減額措置を実施したはずです。
いくつ挙げてもきりがないですが、「親のつもり」を塾の生徒たちに行うのは並大抵ではなかったと思いますが、それを実践してきた結果が現在の塾生7000名超となり、地元にいれば、親の世代が若松塾に子供を入塾させるということになっていっているのでしょう。